「正義」とやらの空回り /
2011年 05月 16日
「タバコをやめろ」
「運動しろ」
「夜食を食べるな」
「漬け物は塩分が多いから控えろ」
カミさんの言うことは常に正しい。正し過ぎる。ピカピカの正論だ。反論の余地もない。近頃は娘もカミさんに同調して正論攻撃を仕掛けてくる。二人とも僕の身体を気遣って、メタボ腹を何とかしたいと言う愛情溢れる善意の正論だ。しかし、一方で
「徹夜で仕事をするな」
とは言わない。
「嫌な仕事は断れ」
とも言わない。こちらの正論は収入に直結するからだ。
禁煙し、毎日、ジョギングして、夜食を食べず、漬け物はほんの少しにして、仕事は何でも引き受け、徹夜をもろともせず、収入を増やして欲しい。
どうやらそれが家族の望みらしい。実に素直で正しいことだらけで、愛情に満ちた家族の望みだが、
「ハイ、分かりました」
と言葉で言えてもなかなか実行出来るものではない。忠告はありがたく聞き流すしかない。
正し過ぎる正論は往々にして、空しい結果に終わりがちだ。そのことを証明するためにささやかな反論を試みる。ほとんど本というものを読まないカミさんに
「少しは本を読んだら?」
と誰もが反対しにくい正論をぶっつけてみた。
「私は本以外から情報を得ているからいいの」
とカミさんは言う。
「本は情報を得るためだけにあるんじゃない。文学や小説から人間のありようを知ることが出来る」
それに対してカミさんは即座に言い返してくる。
「私の脳は理数系の脳だから文学や小説は苦手なの」
何を言うかと僕は反論を試みる。
「数学者や科学者でも文学や小説が好きな人は山といる」
この時は娘も僕に歩調を合わせて
「そうよ、ママ一日1頁でも読んだら?」
と援護射撃をしてくれた。立場が不利と見たカミさんはすかさず返してくる。
「泰さんの健康と私の本嫌いと一緒にしないでよ」
僕にとっては一緒である。人間、正しいことを実行するのは難しい。諸々の事情があって正しくないこともやってしまうのが人間だと思う。
「みんなで力を合わせよう」
「日本は一つになろう」
今日も巷には正義の声が渦巻いている。いやぁ、実に正し過ぎる。正し過ぎるが僕も一緒に叫ぶ自信はない。
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