胃のレントゲンとゲル語の深い関係
2006年 01月 18日
旨そうなパンを発見!袋を取って中のパンを出そうとしたら何やらメモが
「胃のレントゲン」
と書いてある。何なんだ?これは?このパンを喰うと胃のレントゲンを撮ることになるという警告なのか?
思い出した。ウチの鬼嫁が本日、検診のために胃のレントゲンを撮ると言ってたっけ。そのため昨夜の8時以降は絶食しなきゃとも言っていた。
するとこのメモは鬼嫁が自分のために書いたものに違いない。
夜の8時から絶食なのに、ついうっかり旨そうなパンに惹かれて食べてしまわない様に、自分に忠告をするために違いない。
何だか嬉しくなってしまった。ウヒヒ…と一人ほくそ笑んで、うっかりパンを食べてしまわないよう自分に警告する鬼嫁が無性に愛しく思えた。
日頃、何かと言えば忠告、ダメだし、文句、小言、不平、不満の多い鬼嫁は自分にだって忠告、いやこの場合は警告かな?をするんだ。
日頃、僕がうっかり忘れ物をすると「もう年ね」とか「忘れちゃダメじゃないの」と叱るのに、何だ、自分だってド忘れの予防策をやっているじゃないか。
「私はたまたまだけど泰さんはしょっちゅう」
と言うに違いない。確かにそうだ。鬼嫁の言うことは常に正しい。常に正しいがちょっと待てよ。
よく見ると電話の上にも、玄関にも「胃のレントゲン」というメモが貼り付けてある。そんなに忘れっぽいのかよ。
去年の僕の誕生日を鬼嫁は忘れたか忘れたふりをしていたが、今年の誕生日は家中に
「泰三の誕生日」
というメモを貼り付けておくべし。
そもそも不思議なのは僕が何かを忘れると年のせいだと言い、自分が忘れた時は「ついうっかり」と言う。この違いは何なんだ。
徹夜明けで液まで車で送って欲しいと言うと
「分かった。送ったげる」
と言う。僕は思わずありがとうと言ったあとで、ちょっと変だぞと思う。
車もガソリン代も僕のささやかな収入で賄っており、その収入を得るために徹夜明けにもかかわらず、打ち合わせに出かけるのだ。こういう場合でも
「送ったげる」「ありがとう」でいいのだろうか?
よくよく注意してみると鬼嫁の言葉は前述の「送ったげる」に始まって「乗せたげる」「やったげる」「行ったげる」「買ったげる」と圧倒的にゲル語が多い。必然、ゲル語に対応して僕は「ありがとう」を連発することになる。
ま、いいか。「ありがとう」を何度言ったって下痢するわけでも、風邪をひくわけでもない。
その結果、気持ちよく乗せたり、やったり、行ったり、買ったりしてくれればありがたい。
しかし、よくよく考えると、考えなくてもどうやら鬼嫁は僕より優位に立っていることは確かだ。年齢が離れすぎているから若さを誇っているのか?若いと言っても10代じゃない。20代でも30代でもない。ほんの17ぐらい違うだけだ。
稼ぎが少ないから優位に立っているのだろうか?イヤ、たとえ年収が1億越えたって、彼女の優位は変わらないだろう。
頭の良さで鬼嫁が優位に立つ可能性は充分にある。彼女が僕に一目置くのは書くことだけだ。書くことに関してはお中元、お歳暮の礼状から子供の学校のお知らせまで僕に押しつけてくるが、その他のことはすべて知能的に優位に立っている。
あ、そうそう、結局、夜食はどうしたかって?パンの袋に「胃のレントゲン」というメモを入れてあるということは、健康診断が終わればこのパン、私が食べるわよという意思表示の可能性がある。
僕はパンを諦めて、残りご飯をお茶漬けにして食べた。食べ終わって漬け物の残りを冷蔵庫にしまった時、サランラップをかけた鉢を発見!見ると中身は甘栗だ。「胃のレントゲン」というメモがなかったので、安心して食べた。





